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現場仕事と仲間のこととか、たまにイデオロギー的なことをつれづれに。 読んだ本、すきな音楽やライブのことだとか。 脈絡無く戯言を書き殴る為の、徒然草。

不誠実な誠実と、気まぐれ迷い猫

深夜二十三時半を回った頃。
 呼び鈴が鳴って玄関のドアを開けると、シロがいた。
「どーしたん?」
「・・・近所、通ったから。」
 どことなく気まずそうに、少し離れて立っている彼に蛇目さんは、まぁ上がりーや。と言って奥へはけた。



 おずおずと背を丸めて上がった割りに、シロは我が物顔でソファーに寝転びスマートフォンを弄りだす。そんな彼を気にした様子もなく蛇目さんは「ジャスミン茶でいい?」と言って戸棚からガラスのコップをふたつ取り出す。
「仕事帰り?」
「もちろんです。あ、でもさっきまで友達と飲んでたんですよ。ほら、こないだの」
「あー、クロくんだっけ?」
「そう。彼。」
「仲いいねー。ハイ、お茶。」
「あ、ドウモ。」
 態度は横暴だけれど、言葉はいちいち謙虚なところが面白いな、と蛇目さんは内心思う。そしてソファーからいちばん離れた位置に座布団を置いてちょこん、と座りコップに口をつける。
 他愛ない雑談。今日あった事、職場の先輩の話、最近ハマってる音楽のこと。
 ぽつぽつとだけど、途切れないように意識して喋っているみたいにふたりは言葉を紡ぐ。中身のない会話。やがて、待ってましたとばかりに沈黙が訪れた。
「・・・何か、喋ってや」
 痺れを切らしたように蛇目さんが言った。
「喋ってますやん!そっちこそ喋ってぇや!」
「──だったら言うけど。あんた、何しに来たん?」
 こんな夜中に。という意味ではないことは、シロも解っていた。蛇目さんは、さっきから話題に出さないように避けている、あの事を言っているのだ。
「蛇目サンに、会いに来たんですよ。・・・メール、貰ったから。」
「フーン・・・」
 今日、二十日ぶりに蛇目さんから連絡が来た。それも、信じられないくらい長い長文で、赤裸々に自分の気持ちを綴った文章が。勝手に連絡を絶っておいて、もう連絡してくんな、とまで言っておいて、今度は反省と後悔の文。挙句の果てに、もう一度出会ったとこからやり直したい、ときたもんだ。
 そこまで書いておいて、当の蛇目さん本人は薄い声で相槌とも取れない返答をしただけ。
「フーン、じゃないでしょ?! てか何やねん、あのメール!! ちょいちょい重いねん!!」
「はぁ?! どこが?!!! 超正直に気持ち書いてるだけやんっ!」
「蛇目さんってさぁ・・・!」
 言いかけて、言葉を飲み込む。
 この疑問を口にしてしまえば、何かが変わってしまうかもしれない。いや、何かは絶対に変わってしまう。それが、いい方に転ぶか、悪い方に転ぶか。蓋を開けてみないと、自分でも予想がつかない。
 そう、思ったけれど。シロは、意を決したように言った。
「・・・僕と、付き合いたいって思ってるでしょ。」
 視線がぶつかる。
 蛇目さんの表情には特に変化がなく、感情が読み取れない。シロは、出来るだけ、感情の篭らない眸を作った。さぁ、なんて答える? どっちに転ぶ? 考えうる回答のパターンを思い描いて、喉元に返答を準備する。
 暫しの沈黙のあと。蛇目さんが、口を開く。
「いや、まったく。」
  拍子抜けした。
 意を決したセリフは、宙に宙ぶらりんだ。シロは顔を上げた。蛇目さんは特にこれといった感情もないような、平然とした表情をしていた。
「そ、そーなの?」
「だっていま特に恋人欲しくないし。結婚願望もないし。年齢的に、いま恋人作ったら結婚について考えんとあかんくなるやん。そーゆう煩わしいのキライ」
 三十路超えの女の口から飛び出たとは思えないような、いい加減な発想。予想の遥か斜め上を行く回答に、シロは面食らって思うように口も動かなかった。
「自由人、なんですね・・・」
「それを言うなら、あんたもやろ!」
「まぁ、そうか。僕も付き合うつもりやったわけやないから、それならええねん」
  それならええねん。心の中で反芻する。それならええねん。
 蛇目さんは憑きもんが降りたようなさっぱりした顔で喋りだす。
「あんたに恋愛感情なかったなら安心したわ。うちかてあの日、ジブンのことめっちゃ傷付けてしもた思って焦ったからな」
「・・・なんか重たい文章のメール来たから告白られたらどーしようか思って。それで断ったらまたギクシャクするん嫌やったし・・・」
「ま、付き合う付き合わへんは置いといて。お前がうちのこと好きなんは分かったから、それでええやん」
「何ですか、それ。えらい自信ですね。」
 シロは嫌味のつもりで言った。けど、蛇目さんはにこにこ、いや、むしろ、ニヤニヤ笑っている。
 何でこの人はへこたれないのだ。これだけ、心無い言葉をぶつけているというのに。
 蛇目さんはそのニヤニヤの表情でシロに向かって言った。
「だって自分、今日メール見てすぐ家来たやん。うちと仲直りしたかったんやろ?」
 自信に溢れた目で見つめられると、ノーとは言えなくなってしまった。
 実際シロは、二週間以上の音信不通の間もやもやしていた。偶然テレビで映し出された蛇目さんの職場のレポート番組を見た。隣町の行きつけの店に行ったとき、彼女の通っていると言っていたジムを覗いたこともあった。忘れていたわけではなかった。いや。むしろ、ずっと気になっていた。
「まぁ、そーですね」
「それと同じくらい、うちもシロのことは好きやで」
「恋愛感情やなくて?」
「今はね。恋愛感情が芽生えたらまた言うわ。うちは何でも正直にぶちまけるタイプやから。最初からそうやったやろ?」
 言われてみれば、そうだったかもしれない。
 最初から、蛇目さんは自分の思ったことはなんでも口にしていた。でも、あの時、その言葉の意味をそのまま捉えられなくて、何かきっと裏にウラハラな感情を隠しているんだ、と思っていた。
「あれにも裏なんかなかったんや・・・。なんや、深読みして損した・・・」
 一気に気が緩んだ。
 でも笑う気になれないのは、恋という感情を向けられていなかったことが、案外ショックだったのかもしれない。我ながら自分勝手だな、と思う。自分だって、愛の告白を受けた場合の選択肢はお断りコースだった癖に。
「最近、昔の曲聴くのにハマってるんですよ。なんか聴きませんか?」
 シロはiPodのイヤホンを抜いて、アルバムタイトルをめくった。
「じゃあオススメの曲聴かして。うち、ミュージックポット持ってるんよ」
 言いながら蛇目さんは立ち上がり、棚の上のマグカップ型スピーカーに手を伸ばす。少し背伸びした拍子に、ふわりとしたミニスカートの裾から白っぽい布が視界を掠める。シロは、そんな些細なことですぐ反応してしまう自分の身体を恨んだ。
 受け取ったスピーカーにiPodをセットする。少しざらついた音で、90年代のコアロックが流れ始める。
「白? 可愛い下着つけてますね」
 邪な気持ちが過ぎったことなんて、彼女が振り返ったらどうせバレてしまうんだ。だったら隠したって無駄だとシロは開き直った。
「違うよー。ホラ」
 蛇目さんは襟首をめくって見せた。少しだけ胸元がはだけて、水色に淡いピンクのレースがついたブラジャーが覗く。蛇目さんはそれを、天気の話でもするかのような自然な流れでしたのだから敵わない。手を伸ばせばすぐ届く距離に彼女はいるのに、いまは絶対に手に入らないものがある。
「コラ、」
 伸ばした手はぴしゃりと払われてしまった。
「えぇやん。おっぱいだけやから。触らしてぇや」
「何でやねんっ。ハイ、て言うと思ったんか?!」
「いやぁ、今日は甘えさしてくれるかなぁ思ったから。じゃあなんか言うこと聞きますよ。僕にして欲しいことありませんか?」
「してほしいこと? なんでもいいの?」
「はい」
「じゃあ、セックスかな。」
 また予想のはるか斜め上をいく回答に絶句してしまう。
「いや・・・それはあの・・今日は準備が万全じゃありませんので・・・」
「? 準備って何やねん。お前は女子か」
「ゴム持ってませんので!」
「あー、そういうことね。残念~」
 本当に残念になんて思ってないくせに。
 蛇目さんの言葉はぜんぶ真実だというけれど、ぜんぶが嘘くさい。からかわれているように思ってしまう。だって、声に感情がぜんぜん乗ってない気がするから。
「・・・喩えばもし、セックスしてしまったら、僕らはどうなるんですか。」
 いま。本当にする気はないけれど、このひとと一緒にいたらいつかきっとしてしまう気がする。だって自分は中学生並みのエロガキな下半身の持ち主だし、彼女はそれを特に否定もしない。
「別に、どうもならんのじゃない? その行為自体に意味なんて持たせる必要はないやろ。身体を重ねた後に心情が変化することはあるかもしれんけど」
「心情の変化って、どう変化するんですか」
「そんなこと、その時になって見ぃひんと判らへんよ。変わらへんかもしれんし、あんたのこと好きになるかもしれんし」
「僕は、そうはなりませんよ。絶対」
 恐かった。そうなったとき、いまの軽口叩ける関係が崩れてしまうのが。蛇目さんとの縁が、切れてしまうのが。
「そうしたら、その時にまた考えればええやん。お互いええ年した大人なんやから、そのへん分かってるなら、したらええと思うよ」
 だから嫌なんですよ。その時、が来てしまったら、もう元には戻れなくなってしまうんでしょ。シロはそう言いたかったが、止めておいた。自分が、手を出さなければ済む話だ。たぶん、蛇目さんは自らシロを誘惑してくることは有り得ない。だって、恋人関係を結んでいないんだから。
 ぶっ飛んだ意見を言う人だけれど、そういうところは妙に誠実を守るひとなのをシロは知っていた。
「・・・判りました。じゃあとりあえず、おっぱい触らしてくださいよ。僕の触っていいですから」
「ぜったい嫌。うちは別に触りたくないし」
「ちょっとだけ。先っちょだけでいいから」
「あんた、ただのスケベオヤジやな」
「・・・そんな僕が作る作品を、あなたは好きなんですよ」
 出会ったとき、アーティスト・寅雄の作品を蛇目さんは好きだと言った。決して上手ではないけれど、あたしの心には響いたし、こういう毛色の作品は元々好きなジャンルなんだ、と言ってくれた。
 蛇目さんは相変わらずケロっとした顔で答える。
「あたしの中で寅雄くんとシロは別人やから。ちゃんと分けて考えてるから大丈夫。」
「ほんならシロはただの変態やんっ!」
「そーいうことになるな」
「・・・あなたが、女性だったのが悪いんですよ」
「そんなこと、うちかてずっと思ってたわ。同性やったら、良かったのにね」
 ミュージックマグからは最近エンドレスで聞いているロックが流れていた。
 その唄は、時の流れの早さと短い時間の大切さを唄っていた。

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