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りそうのせかい改

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スコ────ル 2


 
「コーキ、さっき住人になんか言われとったやろ。どないしたんや」
 見ず知らずの女性にいきなり名前を呼ばれて呆然としていたが、その理由は直ぐに判った。
 このひとも、あのひとも、そのひとも。仕事仲間はみんな一律に一番若手の彼に雑用を言いつけるし、その度に名前を連呼している。
「大将、大将」
「あ。何や。もうちょっと休憩しとけ。このあと一気に防錆剤塗るからな」
「あの、今住民の人からベランダのマスカーの手直し頼まれてしもて。行ってきていいっスか」
「手直し。なんや、ヤスっ、やり直ししてこい」
「ええです、おれ行ってきますから。ヤスさん休憩しとってください」
 真っ黒に日焼けした細身の中年男が慌てて立ち上がろうとするのを制して、使いさしのマスカー二本と養生テープを一つ持ち、彼はB棟の足場を登っていった。
 二階の端から二番目のベランダに来たところで、足場から降りる。確かに、作業のやり溢しがあった。室外機がむき出しになっている。
 さっそくマスカーを引っ張り室外機を覆って端を養生テープで留める。風で捲れ上がらないように底面にもテープを貼る。そう真面目に作業をしながら、ちらりとベランダのガラス戸に目をやった。淡いグリーンの植物柄のカーテンが引かれている。いくら目を凝らしても、部屋の中が覗けるわけは無い。当たり前だ。塗装期間中はドアを締め切り、カーテンを引いて部屋の中が見えぬようにしろとの案内が、住民には周知されているのだから。
 蛍光カラーで縁どりされたウインドブレーカーを羽織り、単車用のグローブをはめ、中型バイクに乗って出掛けていったこの部屋の住人。歳はおそらく二十代半ば。少し年上っぽかった。こんな老人しか住んでいなさそうな昭和のボロアパートに若い女性が住んでいただなんて。彼女は、どんな職業に就いているのだろう。平日の、こんな時間から出掛ける仕事は、何があるだろう。
 塗装工になって八年。今までは、塗料を吹く壁の向こうに住んでいる住人に興味を持ったことなど、一度もなかった。なのに、何でこんなに彼女のことが気になりだしたのだろう。
 それは、たぶん。多分、この道具の名前をあの人が知っていたからだ。



<つづく>

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