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りそうのせかい改

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うろんな神様 : 期末試験篇

「お前、高橋ひとみと仲ええん、」
 突然松浦が口を開いた。五限目の終わり、十分間の休憩時間に。
「は、高橋。喋ったことも無いけど。何で、」
「いや、さっきの昼休みに位登のことについていろいろ聞かれたから」
「いろいろって何よ」
「放課後何やってるとか、家はどの辺に住んでるんとか、そーゆーこと」
 なんだそれ。
 そんなこと聞いてどうする気だ。
 俺はふと目線だけ動かして教室の中を見渡した。居た。廊下側、一番端の列の前から二番目。席に座って、隣に立つ女子二人と喋っている。肩にかかる黒い髪が、毛先だけ少し外側に跳ねている。二重の奥の眸は小さいけど黒目がちで、友人の話に相槌を打ってくるくると回るその様子を見てると小動物を連想させた。決して美人ではないけれど、別に不美人というわけでもない。月並みな子だ。目立たず、大人しすぎることも無く、ふつうだ。
「おい、位登」
「なんやねん」
「悪くないな、とか思ったんやろ」
「ハァッ、」
「ちょ、声大っきいって」
 つい声を荒げてしまった。別にそんなことまで思ってない。
 松浦は慌てて俺の口を押えるジェスチャーをして、廊下側前方の女子たちを盗み見る。別にこちらを気にした様子はない。ほっとした顔をすると同時に、ニヤリと口の端を持ち上げた。あくどい顔だ。
「ええってええって。でも、位登は何とも思ってへんかったかも知れんけど、高橋はお前のこと好きなんかも知れんなー」
「それは無いやろ。今まで喋ったことも無いのに」
「判らへんで。よぉ知らへん相手のことが気になるんが恋っちゅうヤツや」
 知った風な口を利きやがる。
「今年で卒業やし、そろそろ告白とかされるかもなぁ。なぁ、なんて答えるん、」
「まだ俺が好きやと決まった訳やないやろ」
「例えばやって、例えば。可能性は限りなく高いんやから、心の準備はしといた方がええやろ。で、なんて答えるん」
「阿呆らし」
 松浦の戯言には付き合ってられん。マトモに相手してやる必要はないな。
 だって今年卒業なんだ。みんな進路の悩みや受験勉強に精一杯で、そんなホントかどうかも判らない恋愛話に思考を割いてる暇なんて無いだろ。
 そう。進路以前にもうすぐ期末テストなんだ。高橋のことを気にかけてる暇があったら、英単語をひとつでも多く覚えた方がよっぽど建設的だ。
「位登くん、明日の放課後、ヒマ、」
 翌週。高橋ひとみに声を掛けられた。
 別に何もないけど、答えに詰まる。
 松浦にからかわれた時のことが思い出される。そろそろ告白とかされるかもなぁ。確かそんな事を、言ってたっけ。
「暇やんな、帰宅部なんやし」
「園芸部やけど」
「要するに帰宅部やん。位登くんが花なんかいじるわけないし」
 なんか知らんが決めつけられた。
 高橋は俺に何かしらのイメージを持っているらしい。少なくとも、部活動になんて興味なくって、花なんかを愛でる趣味もない男、と思われているようだ。
「で。明日何かあんの。何か用、」
 俺はどう思ってるんだろう。こうして声を掛けられるまで、いや、先週松浦に話題を振られるまで、気にしたこともないクラスメイトだった。名前を聞けば心当たりはあるものの、所属している部活も、委員会も、仲のいい友人も、全く知らない。けどこの一週間で自然に覚えてしまった。彼女は陸上部所属で、学級委員の副委員長で、結構友人の幅は広いこと。気になって調べたわけでも何でもない。ただ高橋という存在を認識したことにより、自然に判ってしまった情報というだけだ。
「用っていうかさ……」
 高橋は言いにくそうに一旦眼を逸らした。
「ホラ、もうすぐ期末試験やん。明日から部活も試験休みに入るし」
「うん」
「だから……勉強しに家行ってもええかな」
「……家ッ、」
 いきなり。いきなり家か。
 予想外の発言に完全に面喰った。
 何だ、この発言の意味するものは。まだ好きかどうかすら疑わしかったのに、告白とか通り越していきなり家に押し掛けるとは。勇気あるな、高橋。最早他人事のように感心するぜ。
 押し掛けられてる当事者は俺なんだけど。
「別にええけど、俺より高橋の方が成績ええんとちゃう。一緒に勉強するメリットなんか無いやろ」
 そもそも俺の成績はよく見積もっても中の下。みんなに頼りにされてそうな学級委員会に入っている高橋はもっと成績が良さそうなものだ。
「いや、みんなで勉強した方が捗るし、教え合えるかなーと思って」
 ん。
 何か引っかかる。
 ハナからふたりでするつもりではないようだ。誰か友人も連れて来るということだろうか。まぁそれは至極自然な流れではあるが、まともに喋ったことも無いような男の家に来ようとしている健全な女子中学生が、何の下心もなく当然のように友人を呼んでみんなでお勉強会、なんてこと有り得るだろうか。
「みんなで、」
「うん、みんなで」
 あれれ。これは、もしかして。
 やっと判った。俺は自分の間抜け加減に嫌気がさした。ちょっと考えればすぐ判ったことなのかもしれない。
 居るだろ、ひとり。
 わざわざ誘わなくてもウチに来ればごくごく自然に一緒に勉強する流れになるであろう秀才の同級生が。
「……お前、枡に気ィあるん」
 急に高橋は慌てた様子になって苦し紛れの言い訳を喋り始めた。



 夕飯はカレーライスだった。
 昨日もカレーライスだったし、その前もカレーライスだった。もう三日目だ。でも文句は言えない。食わして貰えるだけありがたいと思え、と返されるのがオチだ。そんなことは判っている。
「母ちゃん、明日友達連れて来てもええか」
 対面に座る月子さんは、え、と発して顔を上げた。スプーンを動かす手が止まっている。
「別にええけど、珍しいな。中学入ってから滅多に友達なんか家に呼ばへんかったのに」
「もうすぐ期末やから、試験勉強したいんやと」
「ほぅ。そりゃええこっちゃ。ゼンタ、あんたあんま成績よくないんやからよう教えて貰い」
「何で俺が教えて貰うこと前提やねん」
 自分の客じゃないと判ると、女の子が家に来るという微妙に気まずい状況であっても心持ち親の承諾も取りやすい。
「お前も明日から部活休みやから早く帰ってくるよな、キヨシ」
「え」
 急に話を振られて、隣に座る枡は怪訝な顔をした。
「俺も一緒にやる予定なん、それ」
「おう。寧ろお前が居らへんと意味ないっちゅーか」
「何やそれ。俺、教えんの得意ちゃうで」
「なんでお前も上からやねんっ」
 枡は涼し気な顔をしてカレーを口に運んでいる。呑気なもんだ。俺は一週間、お前の所為で要らぬ妄想とプチ脳内シミュレーションを繰り返したというのに。もやもやと、悪戯心がくすぐられ出す。そんなすました顔してられるのも今の内やぞ。
「で、誰が来るん。松浦か」
 あの苔頭が勉強なんかしに来るわけないやろ。見当違いも甚だしい。
 男やあらへん、高橋ひとみや。
 そうニヤケた面で言ってやろうとして、思い留まった。いくら仏頂面で普段何考えてるか判んない枡でも、月子さんの前でバラされるのは流石に気まずいだろう。
 この話題は、夕飯が終わってからにしよう。夕飯が終わって、月子さんが風呂に入ってる間に。
「お前、高橋ひとみと仲ええん」
 どっかで聞いた科白だな、と自分で言ってから思った。
 計画通り、月子さんが風呂に入ったのを見計らって、俺と枡が一緒に使ってる自室に戻ってから切り出す。
 は、高橋。喋ったことも無いけど。何で。
 そんな言葉が返ってくるのかな、と思って待っていると意外な答えが返って来た。
「部活んときけっこう喋る」
「ナンだソレッ」
 予想外だ。結構喋るんなら何でわざわざ全く喋ったことも無い俺を仲介役にしようとしたんだ。
「陸上部は野球部の隣で活動してるし、俺はマネージャーやからベンチ付近にいるしな」
「いや、そーいうことを聞いてる訳やなくて……」
 だったら何で直接誘わないんだ、高橋のヤツ。
 黙った俺を見て、枡が口を開く。
「高橋さんか、明日ウチに来る友達ってのは」
「あ、うん」
「なるほどな。友達っちゅーのは女子か。だからさっき月子さんの前では答えへんかったんやな」
「まぁそれはそうやけど、俺は高橋とは別に……」
 今度は枡が黙った。じっと俺の顔を見たまま。眉間に皺が寄るでもなく口がへの字に曲がるでもなく、ただじっと、ぼうっと俺の顔を眺めてから開口する。
「俺のことなんか気にせんとふたりで勉強したらええやん」
「そうじゃねぇッ。高橋はお前と一緒にしたがっとんねん」
「何や、そう言われたんか、」
「言われてねーけど。そこは判れよ」
「無理言うなや。けど、高橋さんは俺の話題を出したんやな」
「せや」
「俺と喋ってる時は、お前の話をしたことは無い」
「……へ、」
 間抜けな返答になる。どういうことだ。元はと言えば俺が勘付いて言わせたわけだが、俺と話した時には枡の話題が出て、枡と普段喋っている時には俺の話題が出ない。兄弟でも従兄弟でもないのに一緒の家に同居してることは学校では周知の事実であって、話題にされやすいネタのはずなのに。これは、何を意味する。
 枡清志は暫し静かに考え込んだ。
「そういうことか」
「なにが」
 奴はいつも通り涼しい顔をしている。
「まぁ、高橋さんなりに気ィ使ったんちゃう。俺とゼンタは一緒に住んでるわけやから、家来て鉢合わせする前にお前にも家行くっていう承諾を取っておきたかったんやろ」
 そういうもんか。そういう、もんかいな。
 俺も、たぶん恐らく枡も、そんな家族構成のことなんか気にする質ではないけど、周りの他人から見たら多少気を遣わせるってことなんだろうか。それとも単に、色恋沙汰で同居のクラスメイトに邪険にされたり不審に思われたりはたまた騒ぎ立てられたりする前に、懐柔しておこうっていうしたたかな作戦だろうか。
 高橋さんはごく普通の女の子に見えたけれど、どっちかというと後者なのかもしれない、とふと思った。
 いや、それよりも。恐ろしいのはコイツだ。
 何でだ。ふつう健全な男子中学生なら、もっと気まずそうにしたり照れたり何故か逆切れしたりしてもいいような話題だろ、コレ。だって、クラスメイトの女子が家に来るんやぞ。それもほぼ百パーセントお前のことが気になってる女子が来るって、家族から言われてるんやぞ。俺がもし逆の立場やったら、恥ずかしくて顔から火ィ噴くわ。
 しかし枡は動じた様子もない。俺は目の前で何事もなかったような顔をしてベッドに腰掛ける弟分を見下ろし、溜め息を吐いた。
「失敬なヤツ、ひとの顔見て溜め息つくなや」
「……俺はそーやって何でも冷静に分析してしまえるお前の将来が不安やわ」
「三年なっても遊んでばっかのお前から将来の心配をされるとは思わんかったわ」
 このクソ減らず口め。




久々の小説的文章です。
最近、年食ってしまって少年たちの心理の理解から遠のいてしまっているのではないか? これはマズイ! ・・・と思うことがちょくちょくありましたので、少年視点での一コマ。

これは、いつか書こうと思っている青春日常記なおはなし。
中学3年、将来のこと、進路について模索する少年たちを、いろんな形の家族の在り方と距離感を違和感なく受け入れている思春期真っ只中の2人の少年を主軸に置いて描けたら・・・と思っています。
いつになることやら、ですが。
とりあえず、情熱があるうちにワンシーンだけ書いてみました。


《登場人物》
*位登 然太(イトウゼンタ):15歳、中3。園芸部所属のプチ不良。枡とは同居するまで特に喋ったことも無かった。
*枡 清志(マスキヨシ):14歳、中3。野球部マネジ。1年前から位登家で暮らしている。
*位登 月子(イトウツキコ):ゼンタの母親。子育ては放任主義。

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