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りそうのせかい改

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Little boy of telephone

やばい。
 非常にヤバイ。何がヤバイのかって、おれの下半身が非常にヤバイことになっているんだってば。
 だってもう二十一時だ。休みの日に朝の九時半に起きてからこの時間まで、布団の中から一歩も出ていない。一歩も出ずに、ずっと日長、右手でアレをしごいてた。スマートフォン片手に、たまにアダルト動画を見ながら妄想して、妄想に飽きたらまた新作エロ画像検索して、ひたすらヌいた。
 さすがにね、こう一日中オナニーしてたらね、精子もあれですよ。水っぽくなるどころか、ちょっと粉っぽくなってくるからね。最初はこれ、何だ、病気なんじゃないのか、俺のムスコが壊れた。怖い。病院行きたいけど恥ずかしくて言えない。自慰行為しすぎで発症なんて。なんて思ってたのに、最近じゃもう慣れたからね。あー、今日はちょっとしすぎたなー。くらいにしか思わなくなってきたからね。
 ただ、ヤバイのはここ一年半くらい、生身の女の子に触れてないことで溜まり溜まった欲求がヤバイわけで。大学時代なら、人見知りのおれでも多少は女の子と話したり仲良くなったりする機会もあったものの、当時の彼女と別れてしまってから働き出してここ一年、まったく女性との接点がなくなった。なんなの、これ。みんなどうやって彼女作ってんの。たまに会社の同僚に合コンに誘われることはあるけど、あのヘンなノリに馴染めない。知らない上に好みでもない女性と、仲良くなるフリをするのが辛い。早く抜けてラーメンでも食いに行きたい。そもそもお酒だって強くないから、さらにその場を楽しむことができないし。
 で、今。グーグル先生に尋ねているのはこれだ。
 セフレ、作り方。
 なんかいっぱい出てくる。胡散臭い男の体験談がうじゃうじゃと。官能小説ばりの体験談をつづるブログが散見されるが、で、結局みなさんネットで知り合うわけでしょ。ネットの出会い系サイトで知り合うわけでしょ。おれはね、その結果じゃなくて、知り合う過程のノウハウが知りたいの。けど、そういうの探してると出てくるんだよ。タダで見知らぬ男とセックスしてくれる女性はまず居ません。お礼は用意して交渉するところから始めましょう。って。それだと、風俗と同じじゃん。なんか違う。なんかこう、もっと、あれが欲しいんだよ。あれが。ラブっていうか、ラブっぽいことというか。限られた時間と上乗せするお金でしか保てない関係じゃなくて。甘い雰囲気の中、おれのこと慕ってくれる女の子と、キスしたいんだよ。そういう子を、この手で抱きしめたいの。
 でも、もう彼女は欲しくない。クリスマスとか、記念日とか。週に二回時間作ってデートしたり、マメに連絡取り合わないと、わたしたち付き合ってるんだよね、とかいちいち確認されてしまったり、そーいうのはもう疲れた。
 だから、セフレが欲しい。でも愛がまったくないのもイヤ。でもセックスがしたい。その堂々巡りだ。クソッ。
「……いちゃいちゃしたいです。経験少なくて自信ないので、上手くできなくても許してくれる年上のひとがいいかな」
 ネット上をいろいろ見て回った結果、一番手っ取り早くてお手軽だった伝言ダイヤルに電話して録音を残した。平成ももう二十七年。完全に昭和の産物だと思っていた、テレクラだ。
 本当に、こんなので女の子が引っ掛かるんだろうか。年上がいいって言ったけど、五十路くらいのおばさんが来たらどうしよう。いくつくらいまでなら許容だろうか。やっぱり、どんなに行ってても二十代がいいかな。話が盛り上がって会うことになったら、すごい長身だったらどうしよう。おれ、身長無いのに、そうなったら恥ずかしい。もし、デブだったら。もし、すごいブスだったら。
 と、いきなり呼び出し音が鳴った。鳴った。本当に。かかってきた。
 え、マジで。どうしよう。
「も、もしもし。」
 わ、噛んだ。
「……もしもし」
 ちょっと低いトーンの女性の声。なんか、本物っぽい。わざとらしいバリバリ女の子の声、って感じじゃないところが、サクラじゃなさそう。
「はじめまして、よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
「か、掛けてくれて、ありがとうございます」
 また噛んだ。けど、とりあえず、掴みはオッケーだ。挨拶は交わせた。
 いちゃいちゃしたい。女性に触りたい。キスして頭を撫でたい。セックス、したい。
 そんな単語を飲み込んで、ひとまず当たり障りのない会話をする。彼女は、三十一歳の独身で、ハルさんと言う。彼氏は、長年いないらしい。おれは、二十一歳の社会人一年目、ってことにした。ことにした、というのは、もちろんウソだから。若く言っておけば、失敗しても多めに見てもらえる。本当のことを言って、自尊心を傷付けられたくなかった。
 いちゃいちゃしたい。経験少なくて。の伝言を聞いて掛けてくれたひとのはずなんだから、それがどういうことかなんて判ってそうなはずなのに、彼女はまったくエロの話題にも恋愛の話題にも触れようとしなかった。いや、そういうのは、おれの方から話題提供するべきだったのかもしれないけれど、これはこれで、意外と楽しい。
「あ、もう四時間近く経ってる。そろそろ、切るね」
「え、ウソっ。もうそんな時間、」
 本当に、あっという間の四時間だった。最初、三十代か、けっこうな年上だな。とか、エロい会話になぜか持って行けないなぁ。ということに気を取られていたけど、いつの間にか会話が弾んで、もっと彼女としゃべっていたくなった。いや、むしろ、会ってみたい。
「あのっ。おれと、会って貰えませんか」
 童顔で、二十歳前後にしか見られなくて、背が低くて、女の子にはいつもカワイイとしか言われなかったおれだけど。こんだけ年上のお姉さんになら、たとえカワイイと言われても別に自尊心は傷つかないだろう。それに、こんなに女の子との会話が弾んだのは、久しぶりだ。一回くらい、うんと年上の女性に遊ばれてみるのもいいかもしれない。いや、彼女なら、そんなに悪いことにはしないだろう。だって現に。電話だけだけど、ちょっと好きになりかけてる。
「いいよ」
 嫌がるそぶりも見せず、快諾の返事を貰えた。やった。運が、向いてきたのかも。

 で。当日が近づくにつれ、いろいろと不安なことが出てきた。
 ハルさん、身長何センチだろう。おれの方がすごいチビだったらどうしよう。ただでさえめちゃくちゃ年下なのに、身長まで負けてたら、どこに自信持って接すればいいんだろう。一目見て、無いわ。って顔されたら。ただでさえ年下なのに、更におれは童顔で二十歳にすら見えるか怪しいし。完全コドモ扱いされたら立ち直れないかも。
 それに、逆に彼女が許容できないくらいの不美人だったら。ぽっちゃりを通り越した激太りだったら。
『もうすぐ待ち合わせの駅に着くよ』
 メールが来る。どうしよう。どうしよう。
「ソンくん、かな」
 肩をトン、とされた。
 来た。ハルさんだ。ハルさんの声だ。
 心臓が、割れるほど高鳴った。平静を、装わなきゃ。
 覚悟を決めろ。おれは男なんだから、彼女がどんなにブスでデブでも、せめて今日だけは、女性として立派に接してみせる。絶対に、嫌な顔はしないし、させない。 
 そう、固く決意して。振り返ると、小柄な女性が立っていた。黒の千鳥柄のワンピースが、ふわりと揺れて、ちょっと膝が見える。
「ごめんなさい」
 開口一番、おれは頭を下げた。
 ハルさんは、おれよりも小さくて、細くて、ふつうに可愛らしい、女の子だった。テンションが一気に上がる。それと同時に、ものすごい罪悪感も込み上がった。
「おれ、実は嘘ついてました。本当は、二十四歳なんです。こんなんだから、いろいろと情けなくて……」
「あ、そうなんだー」
 おれの渾身の謝罪を、彼女は軽ーく交わした。
「…え、怒んないんですか。信用、ならないでしょ。こんな男」
「んー、電話の時になんとなく気付いてたし、今言ってくれたから、別にいいよ。それよりも、わたしもキミに言いたいことあって来たの」
「ハイ、何でしょう」
「わたし、やっぱりソンくんの相手にはなれないよ。キミみたいに若い子、振り回すわけにはいかないなぁって、冷静になって思い直したのよね。だってわたし、自分のためにセックスしたかったの。若い子と肌を合わせれば、肌ツヤ良くなって、自分も若くいられるんじゃないかなーって、安易に考えてたから」
「おれだってそうです。いや、むしろ自分のためにしてください。おれを、利用してください」
 いきなり別れ話を切り出された気分だ。
 はい、そうですか。とは引き下がれない。もう。テレクラで、会話の途中でパスされた時とは違う。おれは、ハルさんと一緒にいたい。ハルさんを抱きしめたい。ハルさんに、キスしたい。
「判ってないなぁ、キミ。セックスって、してしまったら男の子の方が気持ち持っていかれちゃうものなんだよ」
「だいじょうぶです。もう、持っていかれてますから」
 え。と言って、彼女は柔らかく笑った。
「ソンくん、ぜんぜん大丈夫じゃないよ。わたしたちが出会ったのは、お手軽出会い系の、テレクラ」
「出会い系なんですか、あれ。だって、いろんな話、いっぱいしたし。会ってえっちするだけの感じじゃなかったですよ」
「まぁ。流石にわたしだって、見ず知らずのひととはえっちしたくないよ。多少、情がないと」
 情。これ、なんて訳そう。ラブ、って変換しててもいいかな。
 おれの中だけで、勝手に。
「あの。ダメですか、おれじゃ。男には、見て貰えませんか」
「何言ってるの、男だよ。ソンくん、なかなかかっこいいよ。気付いてないの、さっきのキザなせりふ」
「え……」
 どれ。なんか言ったっけ、おれ。
 思い返しても、基本情けないことしか発言してなかったような気がするんだけど。
 けど。かっこいいって、初めて言われた。大人の、女性に。
 この人といると、あぶないかも。
 ほんとうに、持っていかれそうだ。
 夜の街。駅の改札口から、ちょっと外れた柱の陰。
 おれは、変態の顔がにやけない様に必死でこらえた。

 

 

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